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東京地方裁判所 平成7年(ワ)23384号 判決 1997年4月09日

主文

一  被告は、原告に対し、金一一万五八四六円及びこれに対する平成七年一二月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴及び反訴を通じ、被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  原告

主文第一項と同じ。

二  被告

原告は、被告に対し、一二七万八二四一円及びこれに対する平成八年六月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、先にクレジットカード利用代金(立替金)について判決を得た原告が、被告には支払能力がなかったにもかかわらず、カードの発行を受け、商品を購入して代金を立替払いさせたことが不法行為(詐欺)に当たると主張して、立替払いした商品代金相当額二〇万三一一二円及び手数料相当額五五五〇円計二〇万八六六二円の一部(弁済を受けた残額)一一万五八四六円と遅延損害金の支払を求め(本訴)、被告の破産宣告後免責確定までの間に原告がした右判決による債権回収、及び本訴請求が不法行為及び不当利得に当たるとして、被告が、損害賠償(慰謝料及び弁護士費用)及び回収額の返還と遅延損害金の反訴請求をした事案で、クレジットカード利用による不法行為の成否(本訴)、免責確定までの間の債権の回収の違法性、右回収が免責確定後不当利得となるかどうかが争われた。

一  前提事実(1は、甲一による。その余は、争いがない。)

1  原告は、被告(昭和二七年生)との間で、平成五年一一月一九日、原告の発行するクレジットカード(Ⅰカード)の利用契約を以下の約定で締結した。

<1> 原告は、被告がⅠカードを使用して加盟店から商品を購入したときは、加盟店に対してその代金を立て替えて支払う。

<2> 被告は、毎月五日以前に購入した商品等の代金及び分割払手数料を当該月の二六日に支払う。

2  被告は、前同日から同六年四月四日までの間、Ⅰカードを使用し、別紙利用明細書<略>のとおり、加盟店である株式会社伊勢丹から商品を購入し、原告は、商品の代金を立替払いした。

3  被告は、同六年六月七日、当庁に破産の申立て(当庁同年(フ)第一六二二号)をし、同年一一月七日午後五時、当庁により、破産宣告及び破産手続を廃止する旨の決定を受けた。

4  原告は、同六年一二月二二日、被告に対する立替金債権について判決(新宿簡易裁判所平成六年(ハ)第A四五七七号事件)を得、同判決により、同七年三月二二日から免責決定までの間、被告の給料債権を差し押さえ、一七万八二四一円の弁済を受けた。

5  被告は、同年七月四日、当庁により、免責の決定を受けた(その後、決定は、確定した。)。

二  争点1(本訴請求原因)

1  被告は、平成五年一一月一九日当時、同三年分以降の国民健康保険料計五万八九三六円を滞納し、約一〇社に対して合計約二九〇万円の債務を負担し、同六年四月当時、債務額が約三一三万円に達していた。

2  被告は、同五年一一月一七日、株式会社富士銀行からの借入金残高五〇万円について支払を延滞し、それ以降支払っていない。

3  被告は、日本信販株式会社からの借入れの返済を同二年八月ころから滞納し(同四年一二月完済)、同五年一一月当時、同社のクレジットカードを利用できない状態であった。

4  被告は、同月二四日、株式会社エムワンカード(現株式会社ゼロファースト)に対し、二五万円のカードキャッシング(カードによる融資)を申し込んだものの、従前の支払状況が良くないため、融資を拒絶され、以後も融資を受けることができなかった。

5  被告は、原告とのカード利用契約の申込書の「外からの借入金」欄に、富士銀行からの債務残高五〇万円(年間返済額一二万円)のみを記載した。

6  被告は、債務の内容について原告担当者を誤信させてⅠカードの発行を受け、これを利用し、前記のとおり、商品の購入等をして代金等の立替払いをさせ、同額の損害を原告に与えた。

三  本訴請求原因に対する被告の反論及び抗弁

1  争点1に対する反論(請求原因に対する否認)

被告は左記の経緯でカードを利用しており、不法行為は、成立しない。

(一) 被告は、昭和五六年に婚姻し、同六一年離婚し、就職先の見つからなかった約三年間、母親の援助を受けて生活し、その後、イラストレータの仕事を始めたものの、生計の維持が困難で、平成二年以後、家賃の低額(管理費を含めて月額三万円)なアパートに移った。

(二) 被告は、右仕事のみでは生活費を得るに十分でないため、平成五年一〇月から安田生命相互会社に勤務することとしたが、同社からの収入が不安定であり、他方、生活のための借入れが膨れたために返済が困難となり、同六年六月破産申立てをした(同年四月当時の債務約三一三万円)。

(三) 被告は、同年八月三一日、同社を退社し、同年九月一二日から、NTTの電報関係の仕事を開始した。

(四) 被告は、安田生命に入社すれば、月額二〇万円の収入は得られ、十分返済が可能であると考えてⅠカードを利用して商品を購入し、約定どおり、月額一万円の返済を始め、平成六年三月まで支払い、同年四月からは、弁護士の助言により、すべての債権者に支払を止めた。

2  争点2(既判力……本誌抗弁1)

原告は本件商品購入代金等について既に被告に対する判決を得ており、同一の訴訟物について不法行為を理由として請求する本訴は、既判力により、不適法として却下すべきである。

3  争点3(権利濫用……本訴抗弁2)

(一) 原告は経済的な更生を図るため破産を申し立てており、これに異議がある者は、破産法が債権者の権利の保護のために設けた制度を利用し、破産の手続内で主張し、裁判所の判断を求めるべきである。原告は、被告の破産の申立後の意見の聴取にも応じず、免責について異議も述べず、突如、被告がやっと勤め始めた会社の給与を差し押さえた。

(二) 原告は、他にも、被告と同様に、破産申立後、免責の確定するまでの間、立替金請求訴訟を提起して判決を得、給与等を差し押さえ、免責の確定後、不法行為を理由に訴訟を提起している。立替金の請求及び不法行為を原因とする損害賠償債権は、一個の法的地位にもかかわらず、右のように請求することは信義則に違反する。

(三) 多重債務者に対する最後の救済手段として、破産手続が広く利用されており、裁判所は、破産に至る経過、借入状況、態様、債務者の生活再建の可能性等諸般の事情を総合考慮して免責の可否を決定している。本件訴訟は、最後の救済手段である免責を無意味ならしめるもので、多重債務者の発生についてのカード会社の責任を自覚せず、多重債務者の生活はもとより、社会全体の見地、公正を考えない利己的なものである。

4  争点4(原告による過剰与信と過失相殺……本訴抗弁3)

被告に対する信用の供与は、左記のとおり、原告の本質的な過剰与信体質によるもので、割賦販売法四二条の三、貸金業の規制等に関する法律一三条の過剰与信禁止規定に違反しており、原告に重大な過失がある。

(一) 我が国の消費者信用業界の信用情報機関は、銀行系、クレジット系、サラ金系等に別れて設置され、それぞれの情報機関の間では、延滞、貸倒れ、破産宣告などの事故情報を除き、情報の交流がされない。このように、与信の審査システムには欠陥があり、原告を含む消費者信用業界は、右欠陥に気づきながら、長期間にわたり改善を怠ってきており、原告において、被告へのカード発行に当たり、CIC、CCB(いずれも、信用情報機関)に照会したからと言って、与信に問題がなかったということはできない。

(二) 現に、原告は、被告が、銀行、銀行系カード会社、サラ金会社系等一〇社に対して約二九〇万円の債務を負担していたにもかかわらず、信用情報の照会によっては、右事実を把握することができなかった。

(三) Ⅰカードの申込書中の借入件数、借入残高を記入する欄が二欄しかないが、自己破産を申し立てる多重債務者は、平均一〇社から二〇社前後の業者から借入れをしており、Ⅰカードの会員中年間二〇〇人も破産申立てをしている事実からすると、申込者中に多重債務者が含まれていることは、原告も分かっていることで、申込書の借入先記載欄が二欄しか設けられていないのは、原告が真剣に調査する意向を有していないことを窺わせる。

四  争点5(被告の反訴請求原因)

1  不法行為

(一) 被告は、前記のとおり、破産申立後、就職し、本採用となり、経済的な更生を目指す途が開けてきた矢先、原告により、給料を差し押さえられた。

(二) 多くの裁判所において、破産者の更生を考えつつ、新得財産から破産者の債務を負った経緯に応じて債権者に任意に配当する方式を採用し、公平な解決を図っており、多くの債権者がこの実務を受け入れ、定着している。原告は、これを知りながら、抜駆け的に債権を差し押さえ、回収を図り、裁判所が長年の実務から生み出した方式を真っ向から否定するものである。

(三) 被告は、免責決定(これに対しては、原告は、異議の申立て等をしていない。)を受けた後、負債から解放され、原告による差押えの呪縛から逃れることができたと安心していた矢先に本件訴訟の提起を受けた。

(四) 原告は、いわゆる大手の会社として、破産法等を十分理解し、裁判所の運用も了解しながら、前記の行動に出ており、形式的には法律の規定どおりに権利の行使をしているかに見えるが、実質は、被告に対する見せしめの要素が強く、債権者としての権利行使の限界を超え、違法である。

(五) 被告は、原告による給料の差押えにより、理由を勤務先に説明せざるを得ない状況に追い込まれ、職を失う恐怖感を覚えるなど、職業上の地位を不安にさせられ、また、経済的な更生の途を一方的に塞がれ、生活上更に厳しい状況に追い込まれ、差押えの終了後、本件訴訟の提起によって再び給料の差押えを受けるかもしれないという再度の恐怖感に苛まれて精神的苦痛を被った。これを慰謝するに足りる賠償額は、一〇〇万円を下らない。

(六) 被告は、訴訟の追行を弁護士に委任し、報酬一〇万円の支払を約束した。右も、原告の不法行為による損害である。

2  不当利得

原告が判決に基づいて差し押さえ、弁済を受けた一七万八二一四円は、被告に対する免責決定の確定により、法律上の原因を欠くに至った。

第三  争点に対する判断

一  不法行為の成否(争点1)

1  被告は、昭和六三年頃まで、月額二〇万円の母親の援助とイラストレータとしての臨時的な収入により生計を維持していたが、母親の援助がなくなるのに伴って、家賃月額約三万円のアパートに移り、イラストレータとしての収入と銀行等からの借入れにより生計を維持し、平成五年一一月当時、債務額は一一社から計約二九〇万円、毎月の返済額は約一二万円に及んでいた(乙一八、被告本人)。

2  被告は、同年一〇月頃、安田生命に勤務する友人から、当初は月額一五万円、保険契約を獲得するようになれば月額三〇万円以上の収入が得られるとの説明を受けて勧誘され、同社に保険契約の勧誘員として、勤務し始めた(乙一八、被告本人)。

3  被告は、同年一一月一九日、伊勢丹相模大野店において、Ⅰカードの利用申込みをし、申込書中に富士銀行に債務五〇万円を負っているとの申告をしたものの、他の債務については申告することなく、Ⅰカードの発行を受けた(乙一八、被告本人)。

4  被告は、平成二年ころ、日本信販に対する債務について公正証書を作成し、クレジットカードを返納しており、同五年一一月当時、同社のクレジットカードを利用することができず、また、同月二四日、エムワンカードを利用して約二五万円の融資を得ようとしたが、従前の支払が円滑を欠いていたため、断られた(乙一八、被告本人)。

5  被告は、Ⅰカードの発行を受けた当日から同六年四月ころまでの間、前記のとおり、Ⅰカードを利用して商品等の購入をし、その間、同年一月二三日、エレッセと称する商標の競泳用水着及びゴーグル等(代金約一万五〇〇〇円)を購入し、同年三月二一日にも同商標の水着及びゴーグル(代金約八三〇〇円)を購入して友人に贈った(甲一〇、乙一八、被告本人)。

6  被告は、安田生命から、当初、手取り約一三万円の月収を得ていたが、所期するとおりには保険契約を獲得することもできず、約半年勤務した後、退社した(乙一八、被告本人、弁論の全趣旨)。

7  右認定のとおり、被告は、平成五年一一月当時、一一社に計約二九〇万円の債務を負い、毎月の支払額も約一二万円に達し、生計の維持は容易ではない状態にあったと推認しうる。被告は、また、前記認定のとおり、右当時、安田生命に就職して間もなく、就職して直ちに高額の収入が得られるものでないことも、勧誘を受けた友人から知らされており、日本信販からクレジットカードの返納をさせられており、他のカードを利用して約二〇万円の借入れを得ようとして得られなかった。

被告は、右事情の下で、原告からⅠカードの発行を受け、これを利用し、前記認定のとおり、自己のためのみならず、友人への贈答用に、いわゆるブランド物の水着(被告にとって生活必需品とは到底いうことができない。)までの商品の購入等をした。

被告の前記認定の事情の下におけるⅠカードを利用した商品等の購入は、立替払金債務の弁済が遅滞に至ることの明白な状態の下にされたと見る外なく、被告も、右支払が滞ることを十分に認識していたと推認することができ、右商品等の購入は不法行為を構成し、これにより、原告は、立替払いした商品等の代金相当額の損害を被ったと認められる(原告は、被告がカードの発行を受けたことが不法行為に当たるかのように主張するが、右によっては、見るべき損害を生じておらず、不法行為の成否を論じる実益がない。)。

8  被告は、Ⅰカードの利用当時就職していたこと、被告が平成六年三月までは割賦金の支払をしてきたことなどを指摘して、不法行為の成立を争う。しかしながら、就職によって直ちに従前の高額の債務の返済も容易になる見通しのつく事情になかったことは、右判断したところから明らかである。また、原告に対する支払は、被告の主張から明らかなように、毎月一万円を支払う、いわゆるリボルビング払いであり、そのような支払がされていたというだけでは、不法行為であると認定することを妨げるものではない。

二  既判力(争点2)について

顧客が信用状態を偽ってクレジットカードの発行を受け、これを利用して商品の購入等をし、原告が立替払いした場合、顧客に対し、立替金の支払請求をするか、又は、不法行為(詐欺)を理由に立替金相当額の損害賠償請求をするかは、原告の決定すべきところである。もとより、二重に支払を受けられるものではないが、両者は訴訟物を異にしており、一方についての確定判決の存在が、他の訴訟を不適法とする理由もない。被告の主張は、失当である。

三  権利濫用(争点3)について

1  原告は、自己の債権に基づいて請求しているに過ぎず、格別、権利濫用又は信義に反すると目すべき事情は見あたらない。

2  本訴請求が破産者の更生に某かの障害になるとしても、元々、破産者が、支払能力を遙かに超えてまで債務を負ったことに原因があるのであり、破産者に対する免責決定がされるまでの間に債権者が権利行使をすることは禁じられておらず、現行法の下では、違法と目すべき点はない。

四  原告による過剰与信(争点4)について

1  我が国の信用情報機関が消費者信用を取り扱う業界毎に分かれており、一の業界において与信を受け得ない消費者が、他の業界においては、なお与信を受けることが可能であるのが実態であり、このことも、いわゆる多重債務者が発生する契機となっているとされていることは、周知のことである。消費者信用制度が、回収不能の債権の発生をも見込んで手数料等を決定していることも公知の事実である。換言すれば、信用事故を発生することなく消費者信用制度を利用する他の多くの消費者は、多重債務者の存在により不利益を受けていると言いうる。消費者信用制度を利用する大多数の消費者にとって、このような事態が放置されて良いことでないことは明らかである。

2  しかしながら、経済的な効率を無視しては、制度や仕組みが成立し得ないことも多言を要しない。消費者信用制度においても、消費者が正確な情報を伝えることにより、手数料に回収不能額が転嫁されることに伴う他の利用者の不利益の発生を容易に防ぐことができることも明らかである。

本件においても、被告は、既に、多額の債務を負い、利用を拒否されていたクレジットカードがあるにもかかわらず、信用情報機関相互の間に情報が交換されないという実情を利用し、正確な情報を伝えることなく、原告からクレジットカードの発行を受け、商品の購入等をしたというのに帰する。

本件においても、一般のカード利用者の観点からは、原告による信用調査の方法には改善を要する点があるといいうるものの、信用情報の交換をする実情にないことのためにカードの発行を受けることができた被告との関係において、原告の過失を論じる余地はない。被告の主張は、採用の限りでない。

3  被告は、また、Ⅰカードの申込書中の債務額を申告する欄が少ないことを指摘して原告の落ち度を主張する。他に多額の債務を負っている事実を明らかにすると与信を受けられないことは、被告においても良く知っていることであり、右も、原告の過失というには足りず、採用の限りでない。

五  被告の反訴(争点5)について

本件においては、原告の請求が理由がある以上、本訴請求が不法行為となるものでなく、また、免責の確定によってそれまでの弁済が法律上の原因を失うものでなく、不当利得が成立しないことも判例上明らかであり、反訴は、いずれも理由がなく、その余の点について検討するまでもなく、棄却を免れない。

六  結論

よって、被告に対し、Ⅰカード利用代金の一部である主文掲記の金額及び不法行為である訴状の送達の日の翌日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求はすべて理由があり、正当として認容すべきであり、原告に対し、本件訴訟の提起が不法行為であり、また、免責の確定する前に弁済を受けた金員が不当利得であることを前提とする被告の反訴請求は、いずれも理由がなく、棄却すべきである。

(裁判官 江見弘武)

(別紙)利用明細書<略>

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